百姓を目指し...日々雑感

気付き、学びをテーマに 何気ない出来事を綴ります。

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新年のご挨拶 

未分類

今更ながら新年のご挨拶です。
あけましておめでとうございます。
本年もどうぞ宜しくお願いします。

今年の干支↓さる
さる
アニメ犬夜叉から拝借したさるの精霊達です。

この画像のように
鼻をほじりながら、鼻水たらしながら、ぼけーっとしながら今年も歩んでいこうと思います。
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ことだまのさきわう国 

ことばの力

私の住んでいる地域は本当に田舎なので、喫茶店みたいなシャレた店は皆無に等しいです。そんな中、唯一の憩いの場とも呼べる場所で、昨日は久しぶりにお会いしたいなぁ~と思っていた方々と会いました。

年齢や職業は様々ですが、共通する点は、「日本を少しでも素晴らしい国へ導こうとする心意気」でしょうか?そんな方々に会うと、「まだまだ日本は大丈夫」とほっとします。そして、人のふり見てわがふり直せではないですが、「あぁこういうところは反省しないとなぁ」と学ぶことが多いです。
日本は、戦争で負けてしまい、否応が成しに異国の文化や価値観を受け入れなければならない時代が続きました、そのおかげで
若い世代の価値観に深い傷ができてしまっていると感じます。でも、戦争に負けても「天皇」は残りました。「天皇」は神ではないですが、戦時中は天皇を神として崇めおおくの若く尊い命が失われました。このことも事実です。
また、国を守って下さった沢山の命のおかげで今日の自分が存在するのだということ、このことも事実です。

この国に生まれ育ち、天皇陛下という存在は当たり前の中で育ってきましたが、天皇ってなんだろう?とその存在意義とはなんだろう?と、はずかしながら、この年になってから思うようになりました。神様のみえない理を勉強していくと神話の時代から天皇がでてくるので、そこから興味を持ちました。様々な神社にかかわりがあることも少しずつ解ってきました。

そこで、基本に立ち戻り、昔から神社で奏上されている「のりと」について学んでいくと、興味深い内容が出てきました。
今回は葉室宮司の「大祓智慧のことば」の著書より1部を抜粋引用させて頂きます。

ここから
 
今、世界は争いの連続で、毎日のように殺人が行われています。やっつけたり仕返しをしたり、まことに愚かなことです。このままでは人類は間違いなく滅んでしまいます。相手を憎むというのではなく、自分を変えることによって、全てを幸せにかえていく。これを世界中の人々がやることができれば、この地球上に素晴らしい世界があらわれてくるでしょう。これはまだまだ遠い未来のことかもしれませんが、しかし諦めないで一人一人、それを行うようにしていけば、いつかは神の世界がこの地球上に現れてくると私は思っています。

―神さまのお力によって罪が祓われていくのですね。―

ええ。私は、このことに気づくのに、この年まで、七十数年かかりました。子供のときから神さまの導きにしたがって生かされるという、無我の生活をしてきたというよりは、させられてきました。その長年の年月の結果、そのような意味ではないかと感じるようになったのです。

そうした生き方が完全にできるかどうかわかりませんが、それに向かって生きていくというのが人生ではないでしょうか。死ぬときは、そうやって、安らかにあの世へ行く。これが人生だと思います。死ぬときに病気で苦しんだりというのは本当の人生ではない。神さまは、そういうふうに人間をおつくりになったのではないと思います。

死ぬということは存在しないのだから、ただ、たましいが黄泉の国へいって、またよみがえってくるということです。世の中はそういう循環のシステムになっているのですから、また、こちらへ帰ってきて、何度も生まれ変わって少しずつ進化していく。最後は神さまと一つになる。これが人生だと思います。それをやっているのが日本人だと思うのです。

この生き方を全世界の人間がわかったら、この世の中に戦争なんてなくなってしまうでしょう。ですから、戦争反対などと言っている間は、戦争が起こるんです。そうではなくて、根本的なことをきちんとやれば、戦争などというのはなくなってしまうのです。
戦争に限らず、何ごとも自然になくなるというのが本当だと思います。いまのように汚職とか、殺人とかそういうことがのべつあるでしょう。それを法律とか規制とか、何とかしようと言っている間は、まだまだです。日本人が本当にこういうものに目覚めてくれれば、汚職もなくなるし、殺人もなくなります。本当にいい世の中になってくるでしょう。だから、内側からよくしなければいけないのです。外側からやっているうちは、まだまだということです。

私は子供の頃から古典落語をよく聞きました。名人と言われる落語家がその噺をすると、何度同じ落語を聞いても面白いのです。
その落語の文章は全部知っておりますし、その落語家の語りも何度も聞いておりますが、それなのになぜ楽しいのかなと子供心に思っていました。普通の話でしたら、次に同じ話をすれば、それは聞いたから面白くないと皆は言うでしょう。しかし古典落語は違います。古典落語というものは昔に作られ、たくさんの落語家がそれを語るごとに少しずつ少しずつ直されて、いまでは最高の文になった落語なのです。ですから、この落語の話の中に神の真実のいのちが含まれているのでありまして、それを名人の落語家が理屈を超えて語るため、何度聞いても感動するのだと思います。

また、子供の頃は、祖父母や母から毎日のようにおとぎ話を聞きました。何度も聞いているのですから、話は全部知っておりますが、それでも聞くたびに楽しく、知らないうちに眠ってしまうこともありました。日本のおとぎ話は、これも昔に作られたお話で、時が経つごとに少しずつ変わり、永年の間に研ぎ澄まされた話でありますから、この話の中には神のいのちがあり、そのために何度聞いても感動するのだと私は思います。このように、神のいのちを含んで伝える言葉は永遠に続き、御力を失わないのです。

大祓詞は、平安時代からずっと途絶えることなく伝えられております。これも昔、作られた祝詞をそのまま繰り返し繰り返し伝えられ、唱えられ、しかも現在でも唱えるたびに感動を覚える言葉であります。これはまさに神のいのちを伝える言葉であるからこそであります。

敷島の大和の国は
 言霊のたすくる国ぞ真幸ありこそ


万葉の歌人、柿本人麻呂がこう歌ったように、日本の国の言葉にはたましいがあり、昔から言霊の国と言われてきました。先にも述べましたように、言葉はもともと神さまの知恵です。自然から伝わってくる知恵を表現する為に現れてきたものです。すなわち、いのちを表現するのが言葉ですから、言葉には当然たましいがあるのです。

大和言葉は、その神さまのいのちをそのまま表現している言葉ですから、日本の国が「言霊の国」というのは、本当のことなのです。そして、神さまのすばらしい言葉を唱えることによって、人間が作られていくというのが、本当の言霊の世界だと思います。現在のように理屈だけの言葉を唱える風潮がはびこり。とくに若い人たちが話している言葉を聞いても、何を言っているのか全く分かりません。これは流行とか時代とかそういうことではなく、言葉本来のたましいが失われ、日本人がだんだんと滅びていく姿であろうと、私には感じられるのです。

もう冗談を言っている時ではありません。祖先たちが伝えてきた真実の知恵の言葉に目覚めなければ、日本の未来はありません。そのための言葉が「大祓詞」で、これは最高の神さまの言葉です。日本人にはこれしかないのです。これを日本人がみな、毎日、無我になって唱えることが、今ほど必要なときはないと思うのです。


ここまで


とても長い引用抜粋になってしまいましたが、新年を迎えるにあたり、自身の穢れや罪を祓い、一人一人が祓われることにより日本全体が祓われ、新しい歳神様を迎えられればよいなぁと感じました。
天皇についてはまだまだ調べなければならないことが多いので、いつか書ければよいなとおもっております。


太陽 西

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新年の準備中 

日本文化

寒い日が続きようやく12月らしい陽気になってきました。
ここのところ暖かい日がつづいていたので、なおのこと寒さがこたえます。

さて、先日行ってみたい神社があったので行ってきました。
大晦日から正月にかけて大変混雑する神社らしいのですが、さすがに趣きがあって良かったです。
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一の鳥居
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参道
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境内
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お巫女さんもなにやら準備中
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お社
太陽 西
綺麗な西日

参拝した時間が遅かったので、人気が少なく、ちょっと贅沢な感覚で境内を散策させて頂きました。
新たな年を迎える準備が着々と進んでいるようです。

大晦日~正月3がにちは有名な神社仏閣は混みますが、ここの神社も普段なら10分くらいの道のりが2時間半待ちとなるくらい混みます。混んでいる時だとなかなかのんびりできないですよね。
参道の木々達も良い気を放っています。すいている時の方が何故か得した気分になるのでした。

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不覚にも涙したCM 

洗心

年の瀬が迫って参りましたが、12月にしては暖かい日が続いています。
おかげでレモングラス達は上手に越冬してくれるのではないかな?と感じています。
さて、最近見たユーチューブの動画で感動したCMがあったのでコピーします。
タイのCMですが、タイって結構仏教の盛んな国なのですよね。
天皇制であることも日本と共通していて馴染みやすいのかもしれません。
けれど、このCMを通して、心の部分の成長というか成熟度というか、まさに仏の道を地でいっている国なのだなぁと感じました。





見えていない真実がある

学びの多いCMです

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祭りの語源 

日本文化

今年も余すところわずかとなりました。
思っていたことが、どこまでできただろうかと省みると、大したことできていないことに気がつきます。
畑もすこーしづつですが、良い方向へ手応えを感じられるようになってきました。

土作りって大切ですね。本当に。

作物つくりの基本は本当に土作りなのだと、ここ数年色々なことを試してみて実感しました。
得たものに比べて、失った代償のほうが大きいように感じますが、より深く物事を見られる心眼が育ったような気がします。
福岡正信さんや奇跡のりんごの木村さんも色々な意味で目に見えないものも肌で感じていたのかなぁ・・・なんて思ったり。

少しでもいいもの作りたいなぁと色々調べていくと、奇跡のリンゴにはもうひつの奇跡のリンゴがあることがわかりました。
↑わかりにくい表現ですいません。

もう一つの奇跡のりんごってなんぞや?てことなんですが
木村さんと同じ地方でリンゴ作りをされている方のお話です。
台風で周りのりんごがほとんど落ちてしまったのに、そこのりんごだけは落ないで実ったままだった・・・とか
まわりで雹がふり、りんごに傷がついてしまったのに、そこだけひょうが降らなかっただとか。
違う意味で奇跡なのですね。

まぁ、興味がない方はしりたくならないかもしれませんが、そこの畑ではある祝詞を声に出して毎日欠かさず奏上していたそうです。そののりとが実は、いろはとひふみだったとか。すごいですよね。

のりとによって土地が浄化され、天の浄化作用の必要性がなくなったのでは?
とその話をしていた方が語っていましたが、「なるほどーぉ」ありだな!って勝手に解釈してます。
で、そのことを知ってから、早速、種を撒くときとか畑の作業をするときに、のりとをハミングしながら作業しています。

さて、ひふみのりとのことを調べていくと、ひふみともこさんという、審神者?の方が話をされた内容のブログに辿り着くのですが
なかなか、とても良い事が書かれていて、まさに心の修行にはぴったり、人として生きるべき指針みたいな内容が盛りだくさんの記事が多いのですが、僕の知る限り、位はどうあれ、結構な神様が降りたと思われる方々と共通する項がとても多い印象をうけました。(魂の修行をするために指針にしたほうがよい)そのことがきっかけでどんな神様がいるのかなぁ・・・と調べていくと、必ず寄り道してなかなか元の道に戻れないのですが、日本は本当にやおよろずの神々というだけあって、沢山の神様がいて覚えきれません。

丁度、今の時期は◎○祭と言ってその年にとれたお供え物(ご神饌)を捧げてお祈りをし、神様にお礼をしているのですが、
○○祭りとか○△祭りという、この「まつり」の語源は、神様の力に従い奉仕する「まつらふ
という言葉に由来されているそうです。
また、まつりということばは「まつ」という言葉を含んでおり、大昔、神様は遠いところから来られて、山や岩、木などに宿ると考えられていました。神様があらわれるのを「まち」神威に服することが「まつり」であると言われています。そして神社でのお祭りの本当の意味は、身心を清め、神様に対面し感謝の心を捧げるところにあります。

日本に生まれて育ちながら、神々について、知らないことばかりだなぁと感じてばかりですが、僕はやっぱり昔の人の感性に近い人種ですね。アミニズム精神とかいう、自然に神を見るタイプですね。

ちなみに伊勢におられる、天照大御神、昼間は本殿にお留守みたいですよ。

何故か?

だって昼間は皆さんをあまねくてらしていらっしゃるでしょ?

なんちゃって

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アルテミス^^

Author:アルテミス^^
百姓とは百の仕事ができないと勤まらない。
だから、色々なことを日々勉強鍛錬してゆかなければなれない。
ここでは、百姓を目指す生活の中で、日々起こる出来事について思ったこと感じたことを綴ってます。

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